経友会ニュース第7号(2003年秋号)
~経友会ニュース 第7号~
○目次
1. ご挨拶
2. 経友会 第7回総会 概要
3. シンポジウム報告
4. 21世紀とOCU経済学部・経済学研究科
5. 会員寄稿
6. 事務局だより
1. ご挨拶
経友会会長 木村 進
『経友会』活動への一層のご理解とご協力のお願い
2003年3月、大阪市立大学経済学部の卒業式で、この年の一卒業生から、「経友会という組織がどういうものか、そしてどういう活動をしているのか、これまで全く知らなかった」という言葉が、出ていました。年々卒業生が誕生され、増えて参ります同窓生各位には、各分野でご活躍され、また、ご活躍を大いに期待されておられることと存じます。それ故、経友会という同窓生組織にまで心を配れないかも知れません。これらの人々と共に在学生にも、経友会設立の経過と趣意を繰り返し述べて行く必要があると存じます。
ここ二~三年繰り返し申していますが、大阪市立大学経済学部は、1949年に誕生してら、1999年に50周年を迎え、この年の秋、大阪市立大学経済学部創立50周年記念事業を成功裡に無事終了することができました。われわれ経済学部卒業生としても、この記念事業を支援するとともに、経済学部との間、卒業生相互間の連携を継続的に深めて行くための組織として、1997年11月、経友会という同窓生組織が、設立されたのでありました。経友会は、創立50周年記念事業の推進の過程で誕生したのでありますが、大阪市立大学経済学部の発展と充実、及び会員相互の親睦を図ることを目的として設立されたのでありますことから、50周年記念事業の終了後も継続的に活動し、発展させて行くことに成ったのであります。
前記目的を達成するために、経友会の活動は、総会、常任幹事会、シンポジウム検討会などで、相談して進めていますが、当面、卒業生に限らず在学生にも、経友会の趣意と活動を周知させること、そのための『経友会ニュース』の刊行・配布や経済学部の先生方、卒業生等を主要なメンバーとするシンポジウム・講演会の開催のほか経済学会(木本基金)への出版助成や優秀学生表彰に賞金(副賞)を贈呈するなどの教育支援により、経済学部との経常的な提携を図って行くことになりましょう。
経友会を今後も継続的に活動し、発展させて行くには、経済学部卒業生共に在学生各位の絶大なご協力が不可欠であります。経友会の継続的な活動と発展を支えて行くために、一人でも多くの卒業生各位の経友会への加入にご協力を頂き、今後一層のご理解とご支援をお願い申し上げる次第です。
2. 経済学部同窓会 経友会 第7回総会 概要
― とき 平成15年7月12日(土)午後2時
― ところ 大阪市立大学アベノ・メデイックス7階研修室B
1 出席人数 経友会会員 61人
教員 6人
2 経過
午後2時10分、南部昌弘事務局長の司会により、開会。木村進会長および玉井経済
学部長挨拶の後、議長に川端昭男氏(昭和39年卒)が就いて議事進行。
事務局長から
1)平成14年度事業報告
a 経友会第6回総会、常任理事会、シンポジウム検討会などの会合の状況
b「経友会ニュース」第6号発行
c 経済学会(木本基金)に出版助成
d 優秀学生表彰-成績優秀者賞、優秀卒業論文賞等受賞者に副賞として12名に賞金贈呈 計 36万円
2)平成14年度会計報告
a 平成14年度会計報告
収入 12556891円(うち前期繰越金 9612355円)
支出 12556891円(うち前期繰越金 10761235円)
b 経友会会費納入実績 (平成12年5月31日現在)
平成12年度 納入人数 409人 金額 1212320円
平成13年度 納入人数 533人 金額 3490430円(終身会員制創設)
平成14年度 納入人数 483人 金額 2806590円
(注)振り込み手数料を差し引いた金額
c 平成14年度会計監査報告
龍口篤夫(平成30年卒)の監査の結果、平成14年度会計の決算書は正しく表示しているものと認める旨の報告。それぞれ承認された。
次に事務局長から
3)平成15年度事業計画
a「経友会ニュース」の発行
編集会議の強化、12月発行
b 経済学会と共催『シンポジウム』の開催
より充実を図る
c 経済学会(木本基金)に出版助成
平成14年度に準ずる
d 優秀学生表彰
平成14年度に準ずる
e 二商大ゼミ支援
f その他
ホーム・カミングデーに向けての同期会活動支援
組織強化(常任幹事会活動強化)
を提案し、了承された。
さらに事務局長から
4)平成15年度 経友会 予算案
収入 12561235円(うち前期繰越金 10761235円)
支出 12561235円(うち前期繰越金 10632235円)
を提案し、了承された。
5)閉会 午後2時45分
備考
1)大阪市立大学経済学会主催・経友会共催定例研究会(シンポジウム)が、総会終了後、同研修室で開催された。
テーマ グローバリゼーションの光と影
- 欧州統合から日本は何を学ぶべきか —
2)経友会懇親会が前記定例研究会(シンポジウム)終了後、大阪市立大学医学部付属病院6階食堂で開催された。
3.シンポジウム報告(平成15年7月12日<土>,あべの・メデックス 7階研修室B)
上記期日,大阪市立大学経友会・同経済学会共催のシンポジウムが開かれました。
経友会総会終了後の開催(15時-17時30分)ということもあり,多数の方が参加され,下記のテーマをめぐって熱心な討議がなされました。シンポジウム共催の試みは今回で2度目になりますが,特に今回は,経友会から4月に提出されたテーマを経友会と協議検討のうえ1つに絞込み,経済学会が最終的に決定し,シンポジウムを企画運営するかたちをとりました。また,講師の人選に関しましても,基調報告者は経済学研究科教員を優先する,討論者のうち1名は大阪市立大学教員とし,他の1名は経友会会員を充てる,との合意にもとづいて決定されました。以下にシンポジウムの要旨を簡単に報告します。
テーマ: グローバリゼーションの光と影
- EU通貨統合から日本は何を学ぶべきか —
近時ヨーロッパは,政治的統合にともなって,あるいはそれと表裏一体的に,ユーロによる通貨統合を果たした。その結果として,ヨーロッパはアメリカ合衆国を基軸とするUSドル通貨圏から相対的に自立するとともに,今次のイラク戦争に対する関り方からも窺えるように,アメリカ合衆国のグローバリゼーション戦略ないし世界のアメリカ化なる世界戦略に敵対すらするに至っている。
本研究会は、以上のような問題関心から,ヨーロッパにおける通貨統合の実態を実証的に検証し,そこから日本が学ぶべき事柄を学問的・理論的に提示するといった形式で進められる。
EU通貨統合という個別具体的なテーマが討究されるとはいえ,それを通して本研究会に参加される方々が,極めて現代的な問題であるグローバリズムについてお考えいただけるなら,本研究会の目的はほぼ達成されることになるであろう。(開催趣意書)
基調報告: 大阪市立大学経済学研究科・山下英次教授(国際通貨論)
(近著には,『ヨーロッパの通貨統合―その成り立ちとアジアへのレッスン』勁草書房,2002年7月)
討論者 : 大阪市立大学経営学研究科・西倉高明教授 (国際金融論)
岡山大学経済学部・建部和弘教授(国際金融論・経友会会員)
司会者 : 大阪市立大学経済学研究科・佐藤 光教授(社会経済論)
山下先生の基調報告では,近著『ヨーロッパの通貨統合―その成り立ちとアジアへのレッスン』勁草書房,2002年7月をベースに,
1.欧州統合の成り立ち
2.欧州統合の日本に対する教訓
3.現在の国際的な時代背景―歴史的な大変革期
4.日本の課題,の諸点が論じられました。
1.欧州統合の成り立ちでは,独仏の「コア・パートナーシップ」による統合の推進・アメリカに対する対抗力としての統合推進・EMU(経済通貨同盟)とPU(政治同盟)の並行的な統合推進などが強調されました。
2.欧州統合の日本に対する教訓では,まず域内固定為替相場制からの教訓として,EMS(欧州通貨制度)のディシプリン効果およびハードシェル・カプセル効果やマルクの域内基軸通貨化,さらには固定相場制の最大メリットであるEMSの非対称性問題が指摘されました。次いで欧州統合全般からの教訓として,アジア域内通貨同盟の必要性が具体案とともに提唱され,その際に日本がドイツの役割を担うような日中両国の「コア・パートナーシップ」の構築やアジアのアイデンティ再認識の必要性が強調されました。さらには,国家のあり方に関するドイツからの教訓も指摘された。
3.現在の国際的な時代背景―歴史的な大変革期では,冷戦構造の崩壊後世界は多極化したが,一方でアメリカ経済は衰退の可能性をはらんでおり,他方では,アジア統合への動きが活発化している。この大変革の時代,開明した隣国アジアと統合していくべきことが提唱されました。
4.日本の課題では,以上を踏まえたいくつかの提言がなされました。
*この基調報告では,グローバリゼイション(グローバリズム)は,主として通貨制度に見られるアメリカ主導で一極型の変動相場制と捉えられ,それと対峙するものとして多極的な固定相場制が考えられています。そして後者こそが取るべき道と考えられています。従って,日本は隣国アジアとの通貨的(経済的)・政治的・文化的統合をはかるべく努力していくという課題を持っている,というのが結論だと理解することができます。
以下の討論では,まず主として欧州の通貨統合に関わる事実認識の検討がなされ,それを踏まえて次に山下提案の可否に関して討論がなされました。
*西倉先生のコメントは以下の4点です。第1点目は,山下報告で主張されている欧州統合においてドイツマルクがアメリカドルにとって変わって基軸通貨になったと言う事実は,仮に事実であるとしても,それは何故なのか。その理由が確定されないと円をアジアにおける基軸通貨とすると言っても現実性に欠けるのではないか,ということです。第2点目は,山下報告で指摘されているドル離れは果たして事実であろうか。アジアの貿易では依然としてドルの果たす役割が大きい。この事実は,山下報告の「アジア共通のアイデンティ」はどのようなものかを示しており,それは欧州のアイデンティとは相違している,という点です。第3点目は,山下報告では欧州にせよアジアにせよ、事実ないし課題としての統合という指摘はあるものの,統合の推進力に関する言及がないのではないか。この点はやました提言の現実性と深く関わっている,ということです。第4点目には,グローバリゼイションに賛成あるいは反対という問題の立て方に対する疑念が表明されました。
建部先生のコメントは,山下報告「全体についての三つのギャップ」の指摘と三つの論点から構成されています。「三つのギャップ」は以下のようなものです。・アジアにおける理想と現実とギャップの大きさ ・長期的展望と当面の見通しとのギャップ ・EU通貨統合に関する詳細な分析とアジアに関する素描的叙述とのギャップ。これらを前提に論じられた論点の第1点目は,現実問題としてアジア域内での固定相場制の維持は極めて困難であると考えられる,ということです。この点に関しては貿易・資本移動・投機等の「国際的視野」に基づく」分析の重要性が強調され,「願望先走り」の議論が窘められました。第2点目は,グローバリゼイションに対して,EUはそれに対抗して「統合」を図ったが,日本は対外純債権国としての影響力を行使し得ないまま対抗の「指針」を打ち出せなかったのは何故なのか,そしてこのことはグローバリゼイションと山下報告とを結びつける重要論点となる野ではないか,という点です。第3点目は,統合の担い手の問題であって,統合を担う人材は、市場統治や国家統治といったヨリ広い文脈で議論すべき重要な問題である,ということです。
*この後,山下先生からのリプライと討論者の両先生と議論があり、さらにはフロア―から4人の方の質問・コメントがあった。その詳細は割愛せざるを得ないが,佐藤先生の名司会もあって,活発な議論が交わされた。ただテーマの性格上,議論がかみ合わないところもあったことも否定できず、今後の課題としたいと思っています。
4.21世紀とOCU経済学部・経済学研究科
大阪市立大学経済学研究科長・経済学部長 玉井 金五
経友会の皆様にはいつもご協力ご支援をいただき、心からお礼申し上げます。おかげさまで学部・大学院とも着実に前進を続けています。さて、21世紀に入りましたので、もう「市大」ではなく「OCU」と呼ぼうではないかという機運が学内で高まってきています。「市大」派の先輩方にはそれは困るといわれかねませんが、OCUの方がいかにも新世紀にふさわしい名称のような気がいたします。いかがでしょうか。
かつてと比べてキャンパスが大変美しくなったこと、大学の核としての学術情報総合センターが置かれ、大学のイメージを一新したこと、女子学生、留学生、社会人学生が飛躍的に増え雰囲気が様変わりしたこと等、もはや「市大」ではないといった点を多数取り上げることができます。
OCUのもとで、我々も学部・大学院の価値を一層高めていかなければなりません。それとともに、それを担うスタッフのさらなる充実を図らなければなりません。経済の学生諸君はなかなか個性的、独創的であり、決して他の名門校に引けをとりません。また、スタッフも見ても、学術的な成果において全国をリードしている分野がいくつかあります。
もっとも、反省すべき点としては折角優れたものを多々有しているにもかかわらず、それを外に向かって訴えることが弱かったのは事実です。OCU経済に対する外部評価を見ても、「成果の割に地味であり、もう少し目立ってもいいのでは」という指摘があります。それは、まさにOCUのもとでの経済学部・経済学研究科のあり方への問いでもあります。実力に見合った評価をきっちり受けられるだけでなく、外に向かって精力的に発信もしていくように全力を尽くしたいと思っていますので、経友会の皆様が暖かく見守って下さることを切にお願いいたします。
5.会員寄稿
1)梅田大学院コンソーシアム設立に参加して
菅原正博(S34年学卒、宝塚造形芸術大学大学院教授)
50周年記念事業を推進するにあたって、昭和34年卒グループを代表して副会長の任務を仰せつかったが、さて、50周年事業が終わって何をするのか、よくわからないまま、今日に至っている。ただ、当時、経友会の会長であった建部氏は、事業が終わっても、せっかく会ができたので、その後も会員にとってメリットのある事業を継続していこう、という提言があり、今日まで継続してきた。
私の同期の大半の方々は、第一線から退いて、第2の人生を歩んでおられるが、その中でも、せっかく、これまで体験してきた経験や美学を社会に還元する仕組みをつくろうではないか、と同窓会の会合ではよく飲みながら話し合ってきた。
現在、私の所属している当大学院でも、社会人向けのデザイン経営系の専門職大学院を梅田に設置し、私も平成16年から「研究科長」として、協力することになっている。これまでの大学のように、ただ学問的な理論だけを教育研究するのではなく、産業や企業の現場で抱えている問題を把握して、何らかの解決策を提案し実行に移していける実学重視プロフェッショナルを育てようという意図が、今回、文部科学省が制度化を図っている「専門職大学院」の主たる狙いである。
こういった高度専門職業人を育成する目的で、関西に所在している各大学が、サテライトの形で梅田に集まってきて、大学院同士の横の繋がりを密にしようということで、現在では11大学によって構成される「梅田大学院コンソーシアム」設立に私も参加した。
経友会のメンバーの方々の中にも、公認会計士や経営コンサルタントを経験してこられたプロフェッショナルな方々が多いが、そういった方々がネットワーク化を図って、関西の産業再生に何がしかの社会的貢献ができれば、とつねづね考えているが、本大学院は場所的には好立地にあり、たまたま、当大学院の理事長が市大出身でもあるので、そういった場所の提供は可能である。
すでに梅田でサテライトを開講しているので、「梅田大学院コンソーシアム」ともども、ネットワーク作りに興味のある方は、気軽にサテライトに立ち寄っていただいて、ご意見を伺わせていただければ幸いである。
2)生涯研究の場とその集い
如新会 会長 高田雄司(H9年院卒、<第10期>)
先ずもって、伝統のある経友会ニュースに投稿させていただくことになり、大変感謝申し上げます。大阪市立大学経済学部社会人大学院の発足は昭和60年の春、当時熟年50歳以上(平成15年より30歳以上に改正)、社会経験豊富で研究意欲のある人物という触れ込みで、全国に先駆けて実施されたため、大変脚光を浴びたものと記憶しています。しかも新しい企画であった為、競争率も高くなかなか入学できなかったとも聞き及んでいます。
平成15年春には第16期の卒業生を出し、総勢73名の修士を再び社会に送り込んだことになります。この社会人大学院は、レギュラーの若い院生と同様のカリキュラムを受けなければならなかったので、例えば、マクロ経済学の数学には何十年間も数学から離れている社会人にとって、大変苦労したことが今も懐かしく思い出されます。然しながら、社会経験と理論との整合性に付き常に討論が交わされた為、若い院生にもそれなりの価値はあったと思っております。演習が全てゼミナール方式でしたので熟年の院生はそれなりに楽しかったと卒業生は異口同音に申しております。
さて、7期生が卒業の頃、修士論文発表会後の懇親会で前会長中島氏(5期生)の発案で生涯研究のこの我々の集いを「如新会」と名付け、出席者の賛同を得て、今日に継承されています。その謂れは、白頭如新(白髪に至るまで交わしても、お互いに心を知り合わねば新しく知ると同じ。転じて、明友の心を知らなかったことを謝することをいう。)の諺から引用されたもので、まさしく生涯研究の集いの会ではないでしょうか。その後、11期卒業生より修士論文の発表を卒業後(当時、参加者も少なかった)でなく、大学当局との折衝の結果 卒業前に実施することになりました。加えて夏に会員の研究発表を夏季セミナー(もしくは夏季シンポジウムー平成12年)として実施し、年2回の研究発表の生涯研究活動を続けていこうという主旨で持ち上がり、今日もその研究会が継承されています。今から思えば、修士論文の発表会を卒業後と卒業前とでは、随分発表者及び指導の先生並びに参加卒業生の力の入れようがこれ程にも違うのかと
も痛感いたした次第です。如新会として最もうれしいニュースは、平成14年に博士(本学)1名、平成15年に博士(京大、阪大)各1名 の計3名の博士が誕生したことです。いずれの会員も、修士卒業後数年経過し、70歳台でありまさしく生涯研究の成果の一端とも云える取得だった思われます。経友会の皆様方共々賛辞を送りたいと存じます。
申し遅れましたが、この如新会は、経済学部社会人大学院卒業生が主体ですが、平成12年度より商学部社会人大学院卒業生修了者の有志の方も参加されることなり、生涯研究の輪も広がりつつあります。今後もこの「如新会」が、会員相互の親睦を図り、会員が仲良く身も心も豊かな明るい生活が送れることを目的と致しております。また、経友会会員の方々も社会人大学院を生涯研究の場とされてはいかがでしょうか。大学当局、現教員並びに経友会会員皆様方のより一層のご支援とご指導を賜りますことをお願い申し上げ筆をおくこととします。
3)今も思い出したくない・ハイジャックに遭遇して
陸野 桂(S37年学卒)
「当機はハイジャックされました。函館で給油した後羽田に引き返します。犯人は指示に従えば危害を加えないと言っています」の放送に瞬間機内は異様な静けさに変わった。平成7年6月21日羽田(11:20)発函館行きのANA857便(乗客・乗務員365名)に私は松下電工⑭四国営業部の責任者としてお得意先社長様を含む30名と函館での会合に出席すべく搭乗していた。
最初は「ハイジャック」など信じられなかった。窓のブラインドを下げさせられ緊急時の姿勢で無事着陸し、暫くして静寂な機内の後方から何か「ピー」と紙を破るような音が聞こえ、それがスチュアデスが乗客の目隠し・口塞ぎ・手を縛るガムテープ音であると判りやっと現実を認識した次第である。機長の機転だと思うがラジオを聞けることが分かった。「犯人1人が2階席におり更に乗客にまぎれて1階席に共犯者5名位がいるらしい」「オオムの信者らしい」「サリンと爆発物を持っている」などの情報を伝えている。このラジオ放送が唯一の情報入手手段であり役に立った。(この時「識者・評論家」と言われる人のコメントにはいい加減な発言が多いことを実感した。) 又、この年の「東京地下鉄サリン事件」が連想され、以後の長時間は「姿の確認できない敵」への恐怖感と事態の推移を待ち続けるしかない無力感・焦燥感にさらされることになった。更に思いもよらず携帯電話を使えることが分かった。しかし、周りを気にしながら電話しなければならないので繋がっても何らかの拍子にすぐ切れてしまう。そんな繰り返しが続いたが「全員無事である」ことを会社関係者・家族に伝言できたことに少しはほっとした。
一方、犯人は給油要求への対応が遅いためか機内放送でもスチュアデスの悲愴な声が聞こえるようになってきた。その後膠着着状態が続き午後6時頃には「犯人は一人」とほぼ確信するようになった。外部からの電話で「犯人は一人か」と尋ねられるが「そう思うが確証がない」としか答えられない。それでも機内の我々には手の打ちようがなく唯事態の推移を見守るより仕方なかった。
機内での食事なし・長時間の着席よりも更に困ったのはトイレの問題。午後3時頃スチュアデスが犯人と交渉してトイレ利用のチャンスを作ってくれたが短時間のため女性優先にしてほしいと言われ、男性はカーテンの裏で紙袋で用を足した。幸いにも我々は後部座席だったのでその後も皆が時々隠れてトイレを利用できた。しかし、丁度我々のグループの人が犯人に見られスチュアデスが来て涙声で「今席を立った人は前に出てきてほしい」と繰り返す。責任感の強い仲間が耐えかねて「私行ってきましょうか」と言ったのを「未だ行くな」と押しとめた。暫くして「今回は許す。今後勝手に動くな」と放送がありほっとした。
赤ちゃんが泣き出し気のあせる母親を周りの人が手助けする。犯人は北朝鮮かソ連へ行きたいと言っていると言う話しに「それなら日本で警察の突入もやむをえない。あの国に行くと何が起こるか分からない」
などの話も出てくる。遺書を書いている人もいる。そんな午前0時頃から1時頃が犯人との緊張も最高潮に達していた。
眠気の出て来た午前3時40分頃、大きな声と物音にはっとして前方を見ると警視庁のSAT(対テロ特殊部隊)と北海道警察機動隊が突入して来た。ヘルメットに紺の防弾服(装備総重量40数kg)の頼もしい若者達。口々に「警察だ。頭を下げろ。犯人どこだ」と両手を広げ周囲を威圧する。ほんの10秒位で前方から「犯人1人確保」の声。乗客が大きな歓声と拍手で立上るのを警察官が押し止め「他に犯人はいないか」と問う。
これで一件落着したのだが私達の人生観をも変えたこの16時間にも及ぶ長い拘束は一体何だったのか。有名大学を卒業した一流企業のエリート社員の「精神異常者の狂気の沙汰」という説明に今も納得できない怒りが残っている。勿論全てのスケジュールを変更して四国へ帰ったが、唯一つの慰めは「乗客・乗員全員が怪我も無く帰れた」ことである。
4)社会人1年生になって思うこと
元田 竹彦(H14年学卒)
私は最近よく大学生と社会人の違いというものをよく考える時があります。大学生の時には将来の事をただ漠然と考えていたに過ぎませんでした。自分はこんな事がしたい、自分はこんな社会人になりたい、といったような理想は常々考えてはいましたが確固たる理念は持っていませんでした。四回生の初めに就職先が決まり、あっという間に社会人になってしまったといった感じです。今思えば最後の一年間もっと広い目を持ち物事を多角的に捉えられるように何かしらの活動をしておけばよかったと思います。なぜなら社会人になって一番の違いは時間の流れるスピードであると私は思うからです。
大学生の間は時間というものは有り余るほどあり、それを受動的に受け止め、そこから何をしようかと考えていました。しかし、社会人というものは時間を能動的に作り出していかなければなりません。やらなければいけないことは無限にあり、全てに対して優先順位をつけ効率的にやっていかないと時間を作り出す事はできないのです。だからこそ「時間の大切さ」を今改めて実感しています。
次に学生時代に「視野の広さ」を大切にしておけばよかったと思います。社会人になって毎日の業務に追われるようになるとどうしても視野が狭くなりがちです。もちろん時には視野を狭くしてのめりこむ事も大切なときがありますが、全体的に視野を広く保つべきです。これからの時代、何事にも変革が望まれています。新しい事を始めるにせよ、既存のものを変えるにせよ、その根底にあるものは視野の広さに他なりません。社会人1年生といえども当然そういった事が望まれていますし、私にとってのやりがいでもあります。だからこそ、学生時代にその視野を広げる事を意識しておけばよかったと身に染みて思います。
最後に後輩達へのメッセージとして「時間の大切さ」と「視野の広さ」を意識して学生生活を送ってほしいと思います。時間を作り出してどうすれば自分の視野が広がるか考えてみてください。当然新しい事を初めなければいけないこともあるでしょう。その時に勇気を持って取り組んでみてください。失敗なんて気にせずに進みましょう。そうすればきっと振り返ってみて有意義な学生生活になるはずです。
5)大阪球場からなんばパークスへ-街を訪れる人々を主役とする街づくり-
長畠 譲(S57年学卒)
阪神タイガースとダイエーホークスが、日本一をめざした2003年の日本シリーズ。なんばパークスが開
業した年に、タイガースとホークスという「大阪に関わり深い(深かった)チーム」が対戦する結果となって、特別の感慨がありました。
南海電気鉄道⑭と⑭高島屋は、南海ホークスの本拠地であり、球史に残る名勝負の舞台として親しまれた旧大阪球場跡地において、なんばパークスの街づくりを進めています。なんばパークスは、商業・業務・エンターテインメント・文化・交流などの様々な都市機能を、民間都市開発では国内最大級8000・(第1期完成時)の屋上公園=パークスガーデンが包み込む都心型複合緑化都市です。10月7日、第1期として、商業施設、オフィスビル、ウインズ難波、屋上公園で構成される約15haの街がオープンいたしました。
なんばパークスの街づくりでは、20世紀的な発想にもとづくことなく、21世紀にふさわしい、新しいパラダイムを意識して街づくりを進めています。まずは、「大阪都心にアメニティをもたらし、環境にやさしい街」。235種類、約4万株の緑豊かなパークスガーデンは、ヒートアイランド現象の緩和にも寄与します。20世紀は高層ビルや地下街といった「インドア型」の施設が街のにぎわいづくりを主導しましたが、21世紀は寒暖や、雨や風、四季を感じることのできる「オープンエア型」の施設もその役割を担うべきと考えています。
次に、「なんば・ミナミらしさを継承する街」。なんばパークスは、ミナミらしいにぎわい豊かな街をめざすとともに、フードテーマパークによる食文化の提案を行っています。また、大阪球場の特徴を「遺伝子」として継承しています。野球場のスタンド下を、ウインズ、卓球場、文化教室、店舗などで複合的、重層的に利用していたように、なんばパークスでも、商業、オフィス、ウインズ、屋上公園などを立体的に重ねる形で配置しています。そして、「訪れる人々を主役とする街」。なんばパークスは、屋上の緑のように変化・成長していく街をめざしています。その原動力となるのは、街に集まる人々であり、街を舞台に生まれる「ソフトウェア」。改めて街の主役は「人」であると考えています。
都心は多様性と創造性が豊かでなくてはと考えます。なんばパークスが、なんば・ミナミに新たな魅力を付加し、訪れる方々にそれらを感じていただければ幸いです。
5)港湾貨物から見えるもの
有田正文(S50年学卒、大阪港埠頭公社勤務)
現在の海運ではコンテナ輸送が主要な役割を果たしている。特に都市港湾では、コンテナ貨物取扱量の多寡が港湾の規模を表す基準のように取り扱われている。2002年の日本全体のコンテナ取扱量は約1200万TEUであり、5大港別では、東京港約300万TEU、横浜港約240万TEU、神戸港約200万TEU、名古屋港約190万TEU、大阪港約170万TEUである。
一方、アジアの主要港は、香港1860万TEU、シンガポール1660万TEU、釜山940万TEU、上海880万TEU、高雄850万TEU、深_760万TEUであり、世界の港別コンテナ取扱量の1位から6位を占めている。しかも、上海、深セン、青島、天津、広州、寧波などの中国の諸港は、ここ数年毎年25~50%も取扱貨物量を増加させている。香港やシンガポールは外国で生産された貨物の積み替え港であることから、これらの貨物量が背後圏の生産力を現しているとはいえないし、そもそも航空貨物を含めないと貿易全体を把握することはできない。しかし、中国、台湾、韓国の諸港の取扱量の多さやその増加率の高さは、それぞれの背後圏の生産力の大きさ、あるいはその伸び率を示すバロメーターとして扱ってよいであろう。
中国経済の元気さは、アジアから北米へのコンテナ貨物(東航貨物、主として米国への輸出)を見ても分かる。2002年の東航貨物は、約860万TEUであったが、そのうち約63%を中国が占めており、日本は8.6%、台湾7.3%、韓国6.0%である。日本は、同航路で30年前には約55%、20年前でも約25~30%を占めていたから、アジアの生産拠点が日本から中国に移ったことが明確に分かる。
私は、30年前河地ゼミで中国経済を学んだ。当時は日中国交回復直後で、対中国貿易拡大の期待が膨らみつつある時期であったが、中国の社会主義経済制度がうまく機能するのかどうかという根本的な問題があり先行き不透明であった。それを思うと、最近の中国経済の急速な拡大に、中国人のたくましさを改めて思い知らされる気がする。
一方、いま日本で一番元気な港は名古屋港である。名古屋港は、トヨタの順調な業績に引っ張られて順調に貨物量を伸ばしている。大阪港も、比較的順調にコンテナ貨物量を増やしているものの、輸出入のインバランスの是正(輸入:輸出が2:1であり、輸入貨物を積んで入港した船が出港するときに載せる貨物が少ないため非効率である)が大きな課題である。
大阪には、トヨタのような強い輸出産業がないのである。背後圏の人口が大きいので輸入は、中国貨物を中心に増加しているが、輸出するものがないのである。大阪が強かった家電製品は、いまや中国をはじめするアジア諸国で生産されコンテナに詰めて大阪に輸入されている。大阪経済(関西経済)の地盤低下が言われはじめて久しい。大阪経済の弱体化は、港湾貨物に如実に現れている。大阪港で働く者として大阪経済の活性化を願うものである。
(TEU:20フィート換算個数。コンテナには長さが20フィートのものと40フィートのものがある。20フィートを1個、40フィートを2個として計算した個数)
6.事務局だより
●今回の経友会ニュースは会員の寄稿文も増え、充実したものになりました。
来年は創立55周年の記念すべき年になります。増ページを図り、写真も増やし、より充実を図りたく存じます。55周年にふさわしいテーマ、寄稿者のご推薦、ご提案を事務局までお願いいたします。
●今年の総会出席者のアンケートの結果を踏まえ、来年の第8回総会・シンポジウムの開催時期を大学祭、有恒会主催のホーム・カミングデーのタイミングに合わせ、10月30日(土)13時、於市大学術情報センターにいたすべく目下、関係部門と調整を図っています。
●来年の企画として、現役3回生を対象とした就職ガイダンスを経友会主催で実施いたしたく大学当局と検討しています。経友会会員で現役で実業界で活躍されている講師のご推薦をお願いいたします。
[編集・発行]大阪市立大学経済学部・経済学研究科同窓会 経友会